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大きいことはいいこと?

アメリカが同時多発テロを受けてから早くも1ヶ月がたった。世界の多くの国々の支持を受けてアフガニスタンをものすごい軍事力で空爆している。イスラム諸国との宗教的軋轢にまで発展しないければと思う。確かにアメリカは世界で一番の大国だ。アメリカは世界のオピニオンリーダーとして国際世論を引っ張ってきた。しかし、その国際世論の中には果たして中国、ロシア、イスラム諸国は含まれていただろうか?アメリカの中華思想的な発想に否定的な国も人もいたに違いない。アメリカの巨大な資本力によって地元の人々と密接な関係を保っていた小さい会社やお店は木っ端みじんに吹き飛んだことだろう。大きくて安くて便利な方がいいという理論を植え付けられ、日本にもアメリカ型の大型店が続々進出してきている。
最近、アントワープ(ベルギー)の街並みをうつすテレビ番組を見た。本当におとぎ話にでてくるような美しい街だ。おしゃれで小さいブティック、小さいパン屋さん、新鮮な魚介類を出す小粋なレストランが軒を連ね、素敵な街並みをつくっている。どの風景もアメリカ的ではない。その国独自の美しさがある。自分たちの伝統がある。アメリカの巨大な勢力に簡単にうち崩されない強さを感じた。
アメリカが悪いというのではない。ただそのあまりの巨大さに自身が振り回されて無意識のうちにアメリカ人民さえも方向感覚を失いやすくなっているのではないかと思う。アメリカの正義が世界の正義だと勘違いしかねない。パールハーバーのために広島、長崎の原子爆弾が投下されたのか。ワールドトレードセンターのためにアフガンが空爆されるのか。共産主義のために朝鮮戦争やベトナム戦争が引き起こされたのか。アメリカの利益を確保することがアメリカの正義になってしまった。教育にも弊害でている。危機感の欠如となった。

みんなでがんばる
定期試験に向けてうちの塾では2週間ほど前から集中期間にはいる。テスト範囲から予想問題がその時期に行われ、各自の素の状態のできが測られる。当然あまりいい結果はついてこない。その結果を見てあとの2週間をどのように過ごしたらいいか生徒とともに考える。試験日にターゲットをしぼり全力で立ち向かう。その盛り上がりようは一種の祭りににも似た興奮を感じる。しかし、その興奮がとても重要な役割を果たす。友達が必死になってやっている。
その姿を見てお互いが丁々発止さらに集中力を増していく。どんなに頭のいい生徒でも一人ではなかなかこれだけの集中力は発揮できない。ちょっと勉強が苦手な生徒でも必死に我慢してついていこうとする。進んでいる生徒が遅れている生徒を教える。うちでは当たり前の光景だ。必死にがんばっている生徒を見てトップクラスの生徒もたじろぐ。
受験勉強も同じだ。勉強することは確かにつらいと思う。受験のことを考えればあまりにも大変でいやになることもある。行けるところに行けばいいと思うのも無理はない。だからこそ環境が大切だ。麻の中の蓬のたとえ通り自分がくじけそうになりかけても周りを見てまたがんばることができる。そういう環境がBAUにはある。

学習方法の進化
学習方法は進化しなければならない。小学校の時の学習方法から中学、高校の学習方法、みなそれぞれ違わなくてはいけない。細かくいえば中1,中2、中3とやはり進化して行かなくてはならない。学習の初歩の段階ではその伸びは一次関数的である。その係数は個人によってもちろん異なるだろう。その分努力しなければならない。それが学習が進むにつれて伸びが二次関数、三次関数・・・と指数が大きくなっていかなければならない。つまり短時間でよりたくさんのものを理解し、それをより短時間で処理する能力を身につけなければならない。コンピューターにたとえるなら容量を大きくしてバージョンアップを図るということだ。ノートに書いて覚える基本的な方法から「見る」、「声に出す」、「それを聞く。」「自分の脳にいかに的確に刺激を与える」がポイントになる。ノートにきちんと書かないと勉強した気にならないのは錯覚だ。ノートに書くのは理解して覚えてからだ。コンピューターのスクリーンに正確に写し出してからプリントアウトするのと同じだ。
それができてくると学習に加速が生じる。顕著な伸びが見える。小さな雪だるまは一回転してもあまり大量の雪はつかないが大きな雪だるまになればなるほど一回につく雪の量は大きい。別に詰め込む必要はない。BAU生は進化します。


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日本の教育、アメリカの教育

USオープンテニスをニューヨーク、フラッシングメドウコロナパークで観戦してきた。もうこれで4度目の観戦になるがいつも感心することがある。観客の入りである。もちろん世界の4大大会(グランドスラム)であるからアメリカはもとより海外からも大勢観客が来る。もちろんテニス愛好家がかなりの割合を占めるのだろう。しかし、その観客動員数の中には多くのテニスに関係のない人も大勢いる。高齢のおじいちゃんやおばあちゃん、見るからにスポーツとは縁のなさそうな太った人。そういった人たちが大勢来ている。つまりいろいろな人たちがテニスの楽しさを知っていると言うことだ。そしてテニスというスポーツを支えている。底辺が広い。日本はどうかといえばジャパンオープン、トヨタプリンセスカップという国際試合が毎年開かれている。その観客動員数はかなり悲惨だと思う。なぜだろう。それは集まる人がテニス関係者だけだからだ。なぜこのように大きな差が生まれてくるのだろう。教育制度に大きな問題があるからだ。
日本の教育、特に芸術関係では大失敗している。スポーツ、音楽、美術の分野では絶対世界をリードできないと思う。なぜか。大多数の生徒が嫌いだからだ。嫌いにさせてしまっているからだ。小さいときからテストをさせられ点数をつけられ、通知票に「できる、できない、ふつう」または12345をつけられる。できるや4,5をつけられた生徒はいいがその他大勢はどうだろう。その教科についてはあまりいい印象を持っていないだろう。自分は音楽は学生時代を通じて音が苦であった。スポーツでもそうだ。春はバレーボール。夏は水泳、バスケットバール。冬はマラソン、サッカー。それらのスポーツでは、部活に入っている人は自動的に上手いに決まっているのである。そのようなことで体育の評価つけること自体問題だ。そもそも芸術の分野でくだらない評価をつけることが大きな間違いだと言うことになぜ気づかないんだろう。
芸術を支える大きな底辺は一般大衆だ。その底辺を支える70%以上の人を教育で失わせている。つまりビジネスとして大きなマーケットを失っているのだ。だから芸術で身を立てたいと思っても成り立たない。
その点アメリカは上手だ。転んでもただ起きない。スポーツもシーズン制、ほとんどすべてのスポーツを経験できる。上手でなくともルールや楽しみ方はわかる。音楽も日本とちがってほとんどすべての生徒がさまざまな楽器を手にして経験することができる。だから運動部とオーケストラ部、マーチングバンド部、両方に所属している生徒がふつうだ。
英語の学習でも日本は下手だ。江戸時代から同じ学習方法を採っている。いかに上手に日本語に翻訳するかが大切な仕事でそれが一番重要視されている。 コンピューターがかなり普及している現代ではもっとコミュニケーションを意識した学習方法が簡単に採れるはずである。それが発音よりもスペリングの書き取り、リスニングよりも和訳がまだまだ重要である。本来ならコンピューターに外国人がでてきてその人の話す内容をどの程度理解したか、次の段階で自分の言いたいことを表現できるかが問われるべきである。そういう指導方針とテスト形式にすれば優秀な日本人なら10年とかからず世界のトップクラスの英語能力を身につけられるはずだ。
時代に即して適切な対応ができないと時代に取り残される。

ニューヨーク 
同時多発テロ
ニューヨークから帰ってきてから10日あまりすぎて大変な事件が起きた。なんとワールドトレードセンターがテロ行為により破壊されてしまった。それも最も悲惨なかたちで。民間の旅客機がハイジャックされそれがワールドトレードセンターにつっこんだのだ。それは9月11日の日本時間pm10時頃だった。生徒の携帯に臨時ニュースとして飛び込んできた。すぐにテレビをつけてさらに驚いた。はじめは火災かちょっとした事故だろうとくらいしか思えなかった。しかし、そのあとの生々しい映像は想像をはるかに越えたものだった。そして実際に何が起こっているかを実感できずにいた。まるでCG(コンピューターグラフィック)でつくられた映像のように思えた。
わたしと塾生3人はイーストビレッジに宿を取りそこを拠点にミッドタウン、ロウワーマンハッタン、チャイナタウン、ソーホーあたりを約10日間にわたり散策した。その興奮も冷めやらないうちに起きた大惨事だった。
自分たちの宿にそばにユニオンスクエアがあった。むかし、労働組合があった名残でユニオンという名前が付いている。そこは今は大勢の行方不明の人の写真や冥福を祈るキャンドルでいっぱいだ。
アメリカの光と影を短時間に見せられたようだ。摩天楼の立ち並ぶマンハッタンを地下鉄、バス、タクシー、または自分たちの足で歩いた。一つ一つのストリート、ステイション、博物館、美術館、レストラン、ショップ、フリーマーケット、ホットドック屋さん。道を教えてくれたお巡りさん。コーヒー飲んだソーホーのコーヒーショップ、BARI。ユニオンスクエアの近くにあるきれいなお姉さんのいるポーランド料理のお店。とっても安くておいしいビレッジのピザやさん、NICO'S。オフブロードウエイのストンプ、ブルーマン。ウオール街で乗った韓国人のタクシードライバー。自分たちの思い出がはるかかなたに押しやられてしまった。2週間前の火曜には自分たちはワールドトレードセンターの展望階にいた。
ワールドトレードセンターの地下で道を教えてくれた黒人のお姉さんは無事だろうか。展望階のことを聞くとそこのバナナリパブリックを右に行ってこのビルをいったん出て南のビルに入って、と笑顔で教えてくれた。
自分たちが宿をとっていたイーストビレッジホステルのオーナーのハイジさんから無事だったというメールの返事が来た。
たくさんの犠牲者の冥福を祈ります

2学期中間テストに向けて

2学期の中間テストをもうすぐ迎えます。長い夏休みの間に普段と同じ学習ができているかが問われます。長期の休みを利用していろいろな場所に行ったり、自分の好きなことにチャレンジし経験や見識を増やすことは重要です。ですが本当にそのようなことのために時間を使ったのでしょうか。旅行に行った場所やひどいときには行った場所の地名さえも定かでない生徒もいます。ただ家族で旅行したからそこに行った。そのような声が子どもたちから聞こえてくることもあります。その土地の名所、名跡を巡り、文化に触れることによって、視野が広がり見識が豊かになるのではないでしょうか。
また、ある子どもは毎日のように部活動に参加していたといいます。部活動が終わり、今度は友達と遊びに行く、そのために夜はもう疲れて、ぐっすり寝てしまい。何もできない日が続いてしまう。夏休みの終わりに近づき学校の宿題さえやっていないことに気がつき、あわてるが、量があるので簡単には終わらず、仕上がらない、またはその場しのぎで学校に提出する。計画性を持って夏休みを有意義に過ごした人は、はたして何人いるでしょうか。
ここで、長期の休みの使い方について学習的側面から考えてみてください。
子ども一人一人には必ず学力差があります。成績が本人の満足行くものであるならば、部活、趣味などに興じるのもいいでしょう、しかし、思うような成績がとれなかった、または授業についていけない部分があるならば、この時間を利用するべきなのではないでしょうか。
自分の心と向かい何をすべきかよく考える時間、それがこの長期の休みの使い方の一つだと思います。大人だからとか子どもだからとかではなく、人間としてそのときに何をしなければいけないかを考えるのが大切なのではないでしょうか。夏休み怠けてしまい困ったなと思う者たちも多いと思います。過ぎたことをくよくよするのではなく、これからテストを受けるために、自分は何をしなければならないかをよく考え、強い意志と精神力を持って、2学期の中間テストを迎えてください。
全員が満足いく結果を出せることを期待します。


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真の自立への道

選択肢のない子供たち
最近目を覆いたくなるような凶悪な事件がたて続けに起きている。さいたま市の23歳の看護婦が同僚の看護婦を殺害した。北海道の広尾町で24歳の男が幼い子どもを顔を見られたという理由で殺害した。身近なところでは高崎の並榎町のコンビニで強盗、片岡町のレンタルビデオ店に強盗。数え上げればきりがない。
なぜこのような短絡的な思考に走ってしまうのだろう。なぜこのような衝動的な凶悪犯罪を犯してしまうんだろう。他にいくらでも選択肢はあるのに、それが思いつかないのだろう。
一番最悪の選択をしてしまうんだろう。いや、たぶん彼らにとってはその時点ではそれが一番最良の選択だったのだろう。しかしあとになってくるとそれが最悪の選択であって取り返しのつかないことであることに気づくだろう。
8月11日の朝日新聞に興味深い調査結果が掲載された。大卒で就職せずにフリーターになるものが2万1000人を超えたというのである。また小中学校の不登校の数が13万4000人で過去最多を更新したそうだ。なんと中学校では38人にひとりが不登校なのである。これはクラスに少なくともひとりは不登校の生徒がいて不登校気味の生徒も数えれば2,3倍に軽く跳ね上がると思われる。
その原因は教師の側から言わせると家庭環境に多く問題があると言い、親の立場では学校側の対応の悪さであるとかなかなか議論の焦点が定まっていないのが現状である。両者の言い分もそれなりにあるだろう。責任をなすりつけ合ってもしかたがない。しかし、数年すればそういった問題のある生徒も卒業していくのである。結局最後にそのつけが回ってくるのは本人であり、その親だ。「今がよければいい」という風潮が若者にうけ、それを受け入れてしまう親がいれば不登校者の数も年々増えていくことだろう。
しかし、危険なのはそのモラトリアム(猶予期間)がいつまで続くかということである。いつまでも学生の身分ではいられない。周りの友達も次第に自立していく。それぞれの道をしっかり歩み始めていく。不登校だった生徒や、なんの目的も持たずにフリーターをしている人はどうなる。本来可能性に満ちて明るいはずの将来が自分ではどうにもならない厳しい現実となるのである。職業などの社会的地位、給料などの経済的側面、また自分より年下に使われなければならないという精神的苦痛。そういったものをすべて受け入れなければならない。
今まで自分の思い通りになってきて、行きたくないから行かないですんだ学校、何でも言うことを聞いてくれる親、そのような環境のもとで育ちなおかつ苦難に耐えることができるものは、あまりいないと思う。

学生時代から「世の中は厳しい。なかなか自分の思い通りにはならないものだ。」そういったことを親や教師が教えるべきだ。何度も何度も挫折を繰り返しながら子どもは成長していく。その障害を親が取り除いてやって、平坦な道を歩かせることは子どもにとって視野を狭め選択の幅を小さくするという結果を招くのだ。
いじめられて騒ぐのではなく、いじめられている原因を親子で一緒に考え根本的に解決しなければならない。周りのせいにする前に自分を振り返ってみることだ。いじめの原因、摂食障害、不登校、家庭内暴力、非行。 そういった子どもが持つトラブルのほとんどは家庭に原因がある。
なにも親に子どもにつきっきりで躾や教育をしろというのではない。毎日の生活の中で教えればいい。仕事が忙しくて思うようにかまってやれないこともある。しかし、子供は親の背中を見て育つ。一生懸命仕事をしている親を尊敬し、感謝するものだ。塾の卒業生にI君がいる。家は自営業で車の整備、販売、修理をしている。お父さんはもちろん、お母さんも事務を執っているためかなり忙しい。一日中仕事をしてお父さんの手は油まみれ、お母さんも夜遅くまで事務所にいる。「勉強しろ、勉強しろ。」と言うタイプの両親ではない。しかし、仕事はきっちりする。「自分が手がけた車には自信がある。」とても口数の少ない人だが目がそう語りかけてくる。
I君は中学でほとんど学年でトップを維持した。高崎高校にも滑り止めなしで合格した。
高校でもトップクラスを維持し、現在早稲田大学の理工学部に籍を置いている。親を見て納得した。
子供を持つ資格というものが必要な時代がくるかもしれない。子どもはその国の宝、将来を担う原動力だ。その宝を腐らせてはいけない。


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若年生健忘症、子供たちに豊かな味覚を

若年性健忘症
最近ものを覚えることができない、覚えたことを思い出せないといった若者が増えているという。若年性健忘症だ。
ものを記憶するのは大脳の側頭葉、その記憶したことを呼び起こすのは大脳の前頭葉の46野というところ。前頭葉は図書館、46野は図書館の司書にあたるそうだ。今の子ども、若い人には、その46野の働きが鈍っているらしい。
30年前と比べると記憶を呼び起こす能力はかなり低下していると専門家は指摘する。
原因としては自分で考えることが少なくなっていることが考えられるそうだ。計算するにも電卓を使い、遊びにもTVゲームなどが圧倒的に多い。家族以外の人と言葉を交わすこともすくなっていて、簡単なメールのやりとりや携帯の使用でコミュニケーションも希薄になっている。
たとえば、携帯にいろいろな機能がついて便利になってくるのはありがたいような気もするが、これでは他人の電話番号も覚えなくていいし、暗算しなくても電卓機能で間に合う。
各個人の家も大きくなり子どもに自分の部屋を与えるようになってきた。食事がすんだらすぐ自分の部屋に行ってテレビを見たり、ゲームをしたり、友達にメールをうったりだ。まるで家がホテルかペンションのような感覚だろう。そうなってくると子供にとって親は自分にいくらくれるスポンサー的存在になるだろう。
家族でいいと思うテレビ番組を見てそれについて談話をする時間をとってみてはどうだろう。きっと普段聞けないお父さんやお母さんの話や考えを聞いて子どもも変わってくると思う。
子どもに自由を与えてあげる理解ある大人は子どもにとって必要ない。自分のことを真剣に考え、受け止め、いいことは一緒に喜んであげ、悪いときは真剣に叱ってあげる、そして十分な愛情で支えてあげる大人こそ必要としている。
最後に若年性健忘症の予防対策としては、家族以外の3人以上の人と言葉を交わす。10分くらい文章書く時間をとる。なるべく手書きがいい。20分ほど外を歩くことだそうだ。要するにいかに自分の脳を働かせるかだ。記憶の正確度は刺激の強さで決まってくる。そのためには脳に大量の血液が要求される。

子どもたちに豊かな味覚を
静岡県清水市で「子どもたちに豊かな味覚を」という授業をボランティアでしているフランス料理のシェフがいる。三國清三さんという40代半ばの人だ。今の子どもたちはインスタント食品になれ、味覚が鈍感になっていると指摘している。味覚が鈍ると言うことは感性も鈍くなることだ。
彼は授業の中で子どもたちにフルコースをつくらせる。子どもたちにどんどんアレンジをさせる。創造力とやってみるというチャレンジの気持ちを持たせる。料理を始める前に三國さんは子どもたちに上質のキャビアをスプーン一杯味見をさせる。男の子たちは「にげー!」と叫んだり、女の子たちは「にっがーい。」と顔をしかめる。
三國さんは言う。味覚は大きく分けて、塩、酸,甘、苦の4つあるという。今の子どもに一番欠けているのは最後の苦みだそうだ。人の味覚は成長する。苦みに次第に慣れてそれがだんだん旨いと感じるようになる。しかし、小さいときの苦みの経験がないと本当のうまさを感じることができないそうだ。小さいときの苦みの経験がとても重要だ。現代の子どもの多くは小さいときから甘いものを多く与えられ、甘ければおいしいという味覚になってしまっているという。
子どもが最初に出会う苦みは秋刀魚だそうだ。秋刀魚の内臓の苦みが少しずつ秋刀魚の身についてほろ苦さを醸し出す。最初のうちはちょっと苦いと感じるが次第にそれがうまみとなる。味覚が成長し始める。次第に砂糖を入れない麦茶が飲めるようになり、緑茶がいただける。にんじんやピーマンの苦みもあまり気にしないでいただける。コーヒーも砂糖を入れないで飲めるようになる。そうやって食材の持つ本来の味を感じ楽しむことができるようになる。
子どもたちの全身全霊を傾けてつくった料理を校長先生や教頭先生、担任の先生に食べてもらうそうだ。できあがった料理を食べた先生方の表情を生徒の視線が追う。一口食べてから一瞬眉を上げる。生徒たちは心配そうに顔をのぞき込む。「うーん。うまい!」先生の心の底からの声に生徒たちは歓声を上げる。手に手を取って喜ぶ。子どもたちの顔が紅潮し、目が輝く。誇りと自信が浮かび上がってくる。子どもたちは変わった。
三國さんは言う。豊かな味覚を身につけるって言うのはもちろん大事です。そして、自分の心を込めてつくった料理を食べて人が喜ぶ。人のためになる。そして自分も感動できる。そういう体験をすることがもっと大切なのかもしれません。
今の教育にも同じことが言えるなあと思いながら三國さんの話を聞いた。


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学習と責任能力

1学期の期末試験が終わりました。試験が終わるたびに先生方と話し合い、反省し、次にさらにステップアップするにはどうしたらいいのかお互いに意見を出し合っています。期末試験の2週間ほど前にプレテストを行い自分の苦手の教科、分野の認識とその補強をしたり、土日を含めた塾の授業日以外の補習を行うなどして努力した成果を出しています
教科書の理解と確認学校で渡されているワークブックの確認と仕上げ。塾の問題集の確認。学校で渡されるプリントの確認。それらが完全に近い状態で仕上がればさらに応用の問題を個人的に配布されます。そこまでが通常となっていればかなりの好成績が期待できます。現実にそこまで仕上がっている生徒は学年の中ではトップクラスにいます。自分のするべきことが何か分かってそれを確実にこなしていける責任能力が大切なのです。次に学習能力です。
BAUではそれらを確実にこなせるように通常の授業のあとでも補習をし、土曜、日曜を無料開放して生徒の疑問に答え『学習の場』としても提供しています。しかし、それでもワークブックが仕上がらない、教科書の確認ができていない生徒もいます。
「やればできるのに、なかなか自主的にやらない。」と言う声をよくご父兄からお聞きします。しかし、それこそが一番大変な問題なのです。「子どもに責任能力を身につけさせる。」ことを是非ご家庭でも実践されることをお願いいたします。与えられた課題、仕事をきちんと最後まで仕上げる精神力、短時間で仕上げる集中力、能率良く処理する創造力、そういった能力はすべて責任能力の上に成り立つものです。
社会の中で問われてくるものに学歴があります。それは、学歴はある程度人間の責任能力を測る上で便利だからだと思います。ある程度の大学、国家資格、検定試験などは努力、責任感の目安になるからです。ついつい学歴を悪者にしがちですが人を採用するときや、初対面の人と会うときなどかなり参考にするはずです。学歴とはその人の履歴(歴史)の中の学問の歴史だし、スポーツの分野ではそれが特技や検定試験ではそれが資格というかたちで表れてきます。
ただ、責任能力の伴っていないうわべだけの学力は危険だと思います。そういった種類の人間が責任能力が大いに必要とされる職業についた場合、社会に悪影響を及ぼすのです政治家の汚職、医療ミス。公務員の不祥事など枚挙にいとまがありません。人から信頼を受ける人たちは自分の仕事に責任と誇りを持って、社会に貢献できなければなりません。
その基本的な姿勢、考え方は、小さいときからの躾(しつけ)、教育が大きく影響するでしょう。教育が取引であってはいけないと思います。いい点が取れるとこれを買ってあげる、いい高校、大学に入れたら何か欲しいものを買ってあげる。そして、いい会社に入れたらお給料がたくさんもらえるはず、いいことがたくさんあるはず・・・がそうでなかったらどうなるでしょう今まで繰り返し、繰り返し学習させらてきた取引が挫折してしまいます。いつも努力した分の感動、満足は感じていることに気づかせてあげる方が意味があると思います。


夏休みに向けて
いよいよ梅雨もあけ夏休みまであと少しです。夏休みも長いようであっという間に過ぎてしまいます。その時間を有意義に過ごすかあまり意味のないものにしてしまうかで2学期からの学習に大きな違いがでてきます。
自分の不得意なところをきちんと見据えてできるまで確実に何度でも繰り返すねばり強さをもって規則正しい生活を送れるようにしましょう。
度を超えた夜更かし朝の寝坊など生活もついつい不規則になりがちですが、自分のことは自分でするという生活習慣を身につけるにはとてもいい機会です
また家族の人と話し合って自分の家での仕事を決めてしっかり実践できるようにしてください。


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