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鮭は森へ帰る

連日、酷暑が続く中、日本各地で集中豪雨による被害が報道されている。画面から映し出される映像からはそこがかつて田畑なのか、道路なの想像がつかない。この異常気象現象は日本だけにとどまらない。世界各地でも異常なほどの高温や寒波が報告されている。
情報化が進み、世界中のニュースや事件が刻一刻と得られるがゆえ、それらは専門家と言われる人々に細分化されて解説される。まるでその現象が独立したものでその一点でのみ語られることが多い。
学校の教科書にしても内容削減によってテーマがバラバラに分断され事件の連続性や因果関係が軽く扱われるか無視されている。それを理解しろと言う方が無理がありはしないだろうか。そういった教育を受けた人が日本の中心にいるとすれば、医療でも行政でも教育界でもどの世界でも、自分の分野(数値)だけを見て処理し、それで責任を果たしたように満足する。大海を知らない蛙が大勢をつれて大海へ出て行くようなものだ。
マスコミはニュースや事件、または政治報道に関しても面白いところをキャッチーな見出しで購買部数や視聴率を上げようとする。大衆の興味や関心を引かない事件やニュースばかりでやることがなくなるとおきまりの世論調査をして内閣支持率がどれくらい下がったとしきりに不安感を煽りたてる。
グローバル化が進んでいる中、マスコミこそ国内の事件やニュースばかりでなく、世界の政治、経済がどう変化しているかさらに世界の中の日本がどういう位置にいるのか正確に報道し国民に知らせる義務があるだろう。相撲の野球賭博問題やそれをNHKが放送するだとかしないとか芸能人の結婚だとか河川敷でゴルフをしただとかグルメ情報だとか、あたかもそれらが国民の関心事であるかの扱いだ。

日本が今のままの政治、経済を続けていけばハイパーインフレが近いうちに必ず起きる。

その危機感もないまま、芸能やスポーツ、グルメ情報を見て笑っていられることの方がそら恐ろしい。
現在、1000兆円と言われる日本の借金を返すには日本の人口1200万人で割り算すればいいわけで1000,000,000,000,000円÷120,000,000人=8,300,000円の割り振りになる。つまり、国民一人あたり約830万の負債を背負わされていることになる。一杯500円のラーメンが50,000円にでもなれば1000兆の借金も相対的には10兆くらいの見積もりになるのだから一番手っ取り早いということだ。
あのとき消費税を15%にしておけば良かったと思っても遅いのかもしれない。世界のマーケットは待ってくれない。誰かにババを引かせて自分たちの利益を上げる。つまり、より多くの人に損をさせてより少数の人が巨利を得るというのがグローバリゼイションの正体なのだから。

『鮭もカラフトマスも秋になると川に帰ってくる。母なる川へ、私たちはそう思っている。ところが地元へ行くと案外そういわない人が多い。ここでは鮭は森に帰ってくるのである。その森から流れ出た水の記憶をもとに、母なる森からはじまる川に帰ってくるのだから。
自然は全体で一つの体系をつくりだしている。森は川をつくり、川は海をつくる。数年の回遊を終えて川へ戻ってくる鮭は、その全体の中で生きているのである。それは鮭だけにかぎらない。なぜなら森から流れ出る水にふくまれた吸収しやすいミネラルが植物性プランクトンを繁殖させ、ここにはじまる食物連鎖の世界が、海洋の生物たちをも生育させているのだから。
森を森としてのみ見たのでは十分ではないのである。川を守る森も、海を支えるもりもあって、自然はそのひとつだけで独立してはいない。自然はすべてのバランスの上につくられている。だから森も大地も、川も湿原も、そして海も、連続する自然の世界として一体のもののはずなのである。』

「森にかよう道」 内山 節



納得するまでの学習BAU福田塾
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木漏れ日のある大樹を目指して ~BAUの教えは土作りから~

生徒に勉強を教えていて、分からないところを分かるようにすることはそんなに難しくない。ただそれが生徒に定着したかどうかが問題なのだ。指導者は分からせたことに満足し、生徒は分かったことに満足してしまうことが多い。しかし、それは一時的な現象で、あと数日経てば確実に忘れ去られてしまう。ちょうど耕されていない堅い地面に栄養も水もしみ込んでいかないようにあっという間に流されてしまう。
勉強を始める前に十分な土作りをしなければ学習の本当の効果が得られない。しかし、この土作りは本当に手間がかかる。生徒の心を変え、生活態度を変え、さらになぜ学習しなければならないかを自分の頭で考えさせなければならないからだ。生徒は一人一人性格も違うため、土作りは大変な作業となる。頑固な土は1年以上かけて耕さなければならない。
本来なら土作りは家庭や幼稚園や小学校で済ませておいてもらうべきものなのだが、現実の問題として土が悪ければいい収穫が期待できない。現実は土だけ耕していればいいわけではなく、植物も育てなければならないから微妙なしかも絶妙なタイミングも要する。親や生徒自身も試験の結果を気にするであろうし、ある程度の自信(体力)をつけておかなければならない。親は地表に現れた植物が上に伸びて行くのを見て一喜一憂することが多いだろうが、根っこの部分がどのくらい下に伸びたかも考慮して欲しい。指導者はまず土の性質を考えて、それから根っこの張り具合、それから地表の茎の太さ、葉の色や大きさを見なければなりません。土の質が良くて、根っこがしっかり張れていれば、地表のことはほとんど見なくても分かるようになります。現代は結果至上主義の時代、とにかく速く結果を出すことが求められる。親も子供に「速くしなさい」と繰り返し子供も「何でもいいから速くしておけばいいや」くらいの安直な短絡思考に嵌ってしまう。試験前にワークブックの答えを写してとりあえず提出なんて言うのがこのタイプ。しかし、彼らはまだ、やるだけましで未提出の生徒も数多くいる。学校の先生も口うるさく言わないし、放っておけば何とかなると思っている。今日から親は子供に「もっとゆっくり丁寧にやりなさい」と言ってみてはどうだろう。そして我慢して待っててあげると子供が変わります。

BAUでは生徒の心(土)を文字で見ることが多い。

堅くて肥えてない土は文字が汚く乱れている。そして、やたら書くのが速い。そういう生徒が必ず言われるのが「もっとゆっくり丁寧に字を書きなさい」だ。目の前で見ているとそこそこ丁寧に書くのだが、その場を離れると、またすぐいつもの慌てふためいたように文字がノートに書き殴られる。
授業をしていて板書すると、それを早く書きたくてたまらずに、まだ大事な説明の最中なのにもかかわらずペンを走らせている生徒の心も同じところに原因がある。早く済ませておけば叱られずに済むというトラウマが彼らの心を掻き立たせ、ペンをひたすら走らせる。大事なことを聞き漏らしているのだから根っこが伸びているはずがない。当然、学校ではいちいち注意もされずに授業が進められていくだろう。
さらに学習意欲の低下、欠落といったさらに根の深いところに原因があることが多い。負けることに慣れすぎてしまった結果、競争する意欲や自分に対してもチャレンジしようという克己心も失せてしまっている。こういった生徒は心のケアからしなければならない。高く跳ぼうと思わないのだから、持ち上げる方は重くて、なかなか思うように援助できない。先ずは、自分から高く遠くに跳んでみたいという意欲があって、そこに持ち上げる力が加わることで大きな成果が得られる。
教育とは生徒を変化させること、昨日、今日さらには明日の生徒が自分の信念を持って変わっていくことだ。今まで、弱々しかった植物も日に日に逞しくなり、将来、雨風をしのぎ、強烈な日差しを温かい木漏れ日にする大樹に育って欲しい。



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