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つぶやく日本人

最近、ツイッターという携帯サイトからの書き込みが流行っている。ツイッターは英語でtwitter、つぶやくを意味する。なんでも思ったこと、感じたことをリアルタイムでツイッターサイトに書き込むらしい。ブログよりもコメントが短く、携帯でその場で出来るのが受けているのかもしれない。

「つぶやき」行動は携帯サイトだけではなく日常の中にも見られる現象となってきた。これは最近、授業中に気付くようになったのだが、その場にいる他者のことなどお構いなしにあからさまに関係ない発言をする生徒が目立ってきた。例えば、「あー、腹減った/おなか空いた」「あー、疲れた」「あー、ダリぃ」「わからねぇ」「エー、ムリムリ」などだが、それでは改めて自分の意見を求めると閉口してしまう。そういう「つぶやき発言」をする生徒の多くは成績下位のものが多い。

以前だったら成績下位の生徒は教師に指名されて答えられないと恥ずかしいから黙っていたり、目を逸らしていたりしたものだった。だからかえってそういう生徒が指名されてしまうのだが、ゆとり教育が叫ばれた頃から徐々にその傾向が変わってきた。ある時、テレビを何気なく見ていて気付いた。お笑いタレントがVTRを見ながらするコメントや実際に何かしているときにするコメントに酷似しているのだ。彼らは映像として使ってもらうためにコメントは短く、受けることを言わなければならない。これで謎が解けた。先ほどの生徒たちはテレビの影響を受けてそのまま教室に持ち込んでいるのだ。

ここで注意を払わなければならないのがつぶやきは一方通行の意思表示だということだ。相手のつぶやきにどう反応するかに責任はない。コミュニケーションは相互意思伝達が基本概念で相手の考えを聞いて理解し、自分の考えを伝えていくものだ。今日、日本人が抱えている問題の一つに相互意思伝達および理解が希薄になってきていることがある。それが家庭、友人、学校、職場などで急速に崩壊しつつある。そして、その結果、話し合っていい方向性を示す前に、信じられないような凄惨な事件に繋がってしまうことが多い。

また最近では川柳や謎かけが流行っているらしい。言葉の綾(figure of speech)とすれば面白いがそれが社会風刺でも世相風刺でもなく言葉遊びの域をでていないような気がする。
哲学用語の思索、または思弁は、英語で言うとspeculation(スペキュレイション)だが他の意味で投機を意味する。もともと自然の豊かな日本では自然に身を任せておけば、つまり農耕に精を出していれば食っていけるという考えがあって、畏れ多いのは収穫を左右する自然の驚異で、そこに信仰が集まった。本当の意味での哲学はなかった。

投機を広辞苑で引くと①禅宗で師と弟子のはたらき(機)が一つになること。悟りを開くこと。②損失の危険を冒しながら大きな利益を狙ってする行為。③市価の変動を予想して、その差益を得るために行う売買取引。西洋思想では危険(リスク)を冒してまでも得なければならないことが賞賛に値するもので、西洋諸国もそういう歴史を歩んできた。それを獲得するために考えを巡らし、周到な準備をする。そのための学問であり、乗馬であり、マラソン、ハンマー投げ、やり投げ、格闘技などさまざまな競技があった。

現在、日本には債務が1000兆円、個人資産が1400兆円あると言われている。貯金、預金が好きなのは何かあったら困るという強迫観念からくる日本的な発想に根ざすものだろう。円高だ、少子高齢化だなどのさまざまなネガティブな声に縮こまってないで、すべては陰陽道、ネガティブがあればポジティブも必ず存在する。グローバリゼイションが世界に急速に波及しつつある今、日本にも、日本人にも勇気ある攻めの姿勢が求められている。




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