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知的乾き 茄子?トマト?

学習環境も学習条件も数年前に比べるとかなり良くなっているし、数十年前に比べると比較にならないほど向上した。インターネットの普及はもとより、i-phone、電子辞書、携帯電話に付随しているアプリケーション、CD、DVD、二カ国語対応のテレビなど数十年前の学生から見たら喉から手が出るほど欲しいグッズが目白押しだ。しかし、環境になれることは良いことか悪いことかその価値の有り難さを忘れてしまいがちになる。学生たちはi-phone を身につけ、音楽を常に友とし電子辞書や電子書籍を持ち歩き本当に身軽になった。
最近の流行の言葉の中に「癒し」「潤い」「草食系」がある。乾く前にお肌の手入れをすることは大切なのだろうが、知的探求心は十分に乾かないと自ら作用しない。そういう意味では今の時代、知的乾きのあるヤツは珍しいのかもしれない。便利なものが周りにあふれかえっている。つまらなければ一人で遊べるゲームは山ほどあるし、出かけることなしにインターネットでチャットやアバターなど至れり尽くせりのエンターテイメントだ。わざわざ出かけていって、他人と関わることなく静かに時間をつぶせるようになった。

以前はそういう便利?なモノがなかったおかげで学生はいろいろなところへ自分の足で出かけていって自分の目で見てさまざまな情報を得ることが余儀なくされた。そして、その情報は自分で苦労して探してきたモノだから、とても貴重であると同時に彼らの自信に繋がっていた。学生の目は野生の動物のように美しく輝いていた。潤う目薬などいらず、自身の内から輝く恒星のように生き生きしていた。

我慢してさらに我慢してやっと手に入れたモノこそ本当に自分のものになる。勉強でもスポーツでもどんな習い事でも同じだ。今日、難しいのは我慢する環境をあえて作り出すことだ。何か欲しい物があれば何でも簡単に手に入るので我慢する必要がない。少しでも我慢することになると簡単にキレる。それを心配してさらに物を与えてしまう悪循環が生じる。忍耐力、知的好奇心を向上させること自体が難しいのだ。成績を上げるのに一番大切なこと、それは知的乾きを呼び起こすことだ。

小学校低学年の時、阿寒国立公園の阿寒湖の小さな切手を持っていた。手で持つと指紋が付いたり油が付いたりするので、ピンセットで大切に切手帳から出したり入れたりしていた。なぜなら、そこは子供心に絶対に行けないほどの遙か遠い地の湖だったからに違いない。切手の中の憧れの幻の風景だった。二年前に塾生たちと北海道に行く機会があった。そして極寒の阿寒湖を訪れた時、ふと記憶の幻影の中に埋もれていたあの切手が思い出された。子供の時の記憶と現実が時空を超えた瞬間だった。子供時代、学生時代にどれだけ乾きを経験したかで人生の深みが違ってくる。

今年、ノーベル化学賞を受賞したインディアナ州立パデユー大学で教鞭を執っているアメリカ在住の根岸教授は日本の若者に海外に出て行くことを薦めていた。なぜなら外国で暮らすことは自分に甘えることを決して許してくれない環境を与えてくれるだけでなく、自分を客観的に見ることができる能力をも与えてくれるからだ。
農業に詳しい人から聞いた話だが、茄子は育てるのが本当に手間がかかって難しいそうだ。毎日、茄子の様子を見て、水、肥料を与え日の当たり具合を考えてやっと一人前の茄子になるそうだ。それとは対照的にトマトにはなるべく厳しい環境を与える。水も肥料も最小限、日の当たり具合もほどほどの方がかえっていい。その方が本当に甘い立派なトマトができるそうだ。
日本には茄子の失敗作が多くなって惚け茄子やおたんこ茄子ばかりでは洒落にならない。色つやのいい甘いトマトがどんどん出てきて欲しい。



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