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国語の力をつけるには~「学問のすすめ」

国語の勉強のしかたがよく分からないという声が多く聞かれる。国語とはまさしく日本語のことで日本人にとっては母語だ。英語やフランス語といった外国語ならともかく母語である日本語が分からないというのは本末転倒のような気がする。

私たちが思考をする場合、日本語を媒介とする。外国語ができてくると思考回路がその言語になる。考え方や物の見方は言語の背景にある文化や習慣によって変わってくるものだからだ。国語が苦手だという生徒が確かに目立って増えている。それは日常の生活に思考や工夫が不足しがちであることの裏返しでもある。思考や工夫しなくても何の不便なく日常が過ぎていく毎日では思考能力が鈍ってくるのは当然なのかもしれない。携帯電話やインターネットを通じて情報が溢れるように押し寄せてくる現状ではゆっくり考えることは多くの人にとって不要になってしまった。

日常からリアルが失われてバーチャルがどんどん増えてきた。最近のゲームは手にゲーム専用の機器を持ち、ゴルフ、卓球、テニスなどさまざまなスポーツができるという。相手が人間とか自然ではなく機械になってしまった。スポーツはもとより、麻雀でも囲碁、将棋でも相手の心理を読んでの駆け引きがある。表情や会話のなかから鋭敏に察知する能力も身についた。

スポーツやゲームでも勝負は負け方を覚えるのに最適な場だ。どんなに負けていても最後までやり抜かなくてはならないし、途中で逃げるわけにはいかない。勝つ方はいいが優勝する以外、必ずどこかで負ける。正々堂々と負けることを強いられる。しかし、バーチャルのゲームでは負けることを学ばないで済む。実際に相手がいるわけではないので悔しい気持ちやそれを乗り越える精神力も育たない。

最近ではもう「キレる」という言葉も新鮮みを失ったが、それはそういう事件が後を絶たないからだ。自分の思い通りに行かないから相手を殺傷したり、さらに信じられないのは誰でもいいからという無差別的な犯行が連続して起きている。これもゲーム脳に大きく影響されているという。

いろいろなことに興味を持ち、面倒がらずに積極的に自分の足で情報を集め、視座を移し、さまざまの角度から思考することが人間を成長させる。それに連動して国語能力も上がる。つまり、国語力とはその人に内在する総合能力だ。少しばかりうまくいかないことがあっても簡単に挫折することなく全体を見渡し、うまく対処していくことが人間の成長とともに必然的に求められてくる。

リアルとバーチャルの歴然とした乖離が格差にも大きな拍車をかけている。貧しい人はバーチャルで済ませればいい。コンサートに行かずにCDを聞けばいい。実際の場所に行かずともテレビやDVD、インターネットで見ればいい。シェフが料理したものを食べなくてインスタント食品を食べて済ませればいい。本当のレジャー、スポーツなどをしなくてもwiiをしていなさいということだ。

労を惜しまずに努力すれば誰しもが自分の未来が拓ける社会を日本は何年もかけて構築してきた。しかし、日本人が物質的に豊かになるにつれて、その恩恵を自然に風化させ、当然の権利のように漫然と受け流してきてしまった。その結果、物質的豊かさの上に成立していた精神的安定も日本経済の不安定さとともにいとも簡単にその脆弱さも露呈させた。
歴史が大きく動こうとしている今こそ、「学問のすすめ」の意味を再考したい。



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