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日本の教育、アメリカの教育

USオープンテニスをニューヨーク、フラッシングメドウコロナパークで観戦してきた。もうこれで4度目の観戦になるがいつも感心することがある。観客の入りである。もちろん世界の4大大会(グランドスラム)であるからアメリカはもとより海外からも大勢観客が来る。もちろんテニス愛好家がかなりの割合を占めるのだろう。しかし、その観客動員数の中には多くのテニスに関係のない人も大勢いる。高齢のおじいちゃんやおばあちゃん、見るからにスポーツとは縁のなさそうな太った人。そういった人たちが大勢来ている。つまりいろいろな人たちがテニスの楽しさを知っていると言うことだ。そしてテニスというスポーツを支えている。底辺が広い。日本はどうかといえばジャパンオープン、トヨタプリンセスカップという国際試合が毎年開かれている。その観客動員数はかなり悲惨だと思う。なぜだろう。それは集まる人がテニス関係者だけだからだ。なぜこのように大きな差が生まれてくるのだろう。教育制度に大きな問題があるからだ。
日本の教育、特に芸術関係では大失敗している。スポーツ、音楽、美術の分野では絶対世界をリードできないと思う。なぜか。大多数の生徒が嫌いだからだ。嫌いにさせてしまっているからだ。小さいときからテストをさせられ点数をつけられ、通知票に「できる、できない、ふつう」または12345をつけられる。できるや4,5をつけられた生徒はいいがその他大勢はどうだろう。その教科についてはあまりいい印象を持っていないだろう。自分は音楽は学生時代を通じて音が苦であった。スポーツでもそうだ。春はバレーボール。夏は水泳、バスケットバール。冬はマラソン、サッカー。それらのスポーツでは、部活に入っている人は自動的に上手いに決まっているのである。そのようなことで体育の評価つけること自体問題だ。そもそも芸術の分野でくだらない評価をつけることが大きな間違いだと言うことになぜ気づかないんだろう。
芸術を支える大きな底辺は一般大衆だ。その底辺を支える70%以上の人を教育で失わせている。つまりビジネスとして大きなマーケットを失っているのだ。だから芸術で身を立てたいと思っても成り立たない。
その点アメリカは上手だ。転んでもただ起きない。スポーツもシーズン制、ほとんどすべてのスポーツを経験できる。上手でなくともルールや楽しみ方はわかる。音楽も日本とちがってほとんどすべての生徒がさまざまな楽器を手にして経験することができる。だから運動部とオーケストラ部、マーチングバンド部、両方に所属している生徒がふつうだ。
英語の学習でも日本は下手だ。江戸時代から同じ学習方法を採っている。いかに上手に日本語に翻訳するかが大切な仕事でそれが一番重要視されている。 コンピューターがかなり普及している現代ではもっとコミュニケーションを意識した学習方法が簡単に採れるはずである。それが発音よりもスペリングの書き取り、リスニングよりも和訳がまだまだ重要である。本来ならコンピューターに外国人がでてきてその人の話す内容をどの程度理解したか、次の段階で自分の言いたいことを表現できるかが問われるべきである。そういう指導方針とテスト形式にすれば優秀な日本人なら10年とかからず世界のトップクラスの英語能力を身につけられるはずだ。
時代に即して適切な対応ができないと時代に取り残される。

ニューヨーク 
同時多発テロ
ニューヨークから帰ってきてから10日あまりすぎて大変な事件が起きた。なんとワールドトレードセンターがテロ行為により破壊されてしまった。それも最も悲惨なかたちで。民間の旅客機がハイジャックされそれがワールドトレードセンターにつっこんだのだ。それは9月11日の日本時間pm10時頃だった。生徒の携帯に臨時ニュースとして飛び込んできた。すぐにテレビをつけてさらに驚いた。はじめは火災かちょっとした事故だろうとくらいしか思えなかった。しかし、そのあとの生々しい映像は想像をはるかに越えたものだった。そして実際に何が起こっているかを実感できずにいた。まるでCG(コンピューターグラフィック)でつくられた映像のように思えた。
わたしと塾生3人はイーストビレッジに宿を取りそこを拠点にミッドタウン、ロウワーマンハッタン、チャイナタウン、ソーホーあたりを約10日間にわたり散策した。その興奮も冷めやらないうちに起きた大惨事だった。
自分たちの宿にそばにユニオンスクエアがあった。むかし、労働組合があった名残でユニオンという名前が付いている。そこは今は大勢の行方不明の人の写真や冥福を祈るキャンドルでいっぱいだ。
アメリカの光と影を短時間に見せられたようだ。摩天楼の立ち並ぶマンハッタンを地下鉄、バス、タクシー、または自分たちの足で歩いた。一つ一つのストリート、ステイション、博物館、美術館、レストラン、ショップ、フリーマーケット、ホットドック屋さん。道を教えてくれたお巡りさん。コーヒー飲んだソーホーのコーヒーショップ、BARI。ユニオンスクエアの近くにあるきれいなお姉さんのいるポーランド料理のお店。とっても安くておいしいビレッジのピザやさん、NICO'S。オフブロードウエイのストンプ、ブルーマン。ウオール街で乗った韓国人のタクシードライバー。自分たちの思い出がはるかかなたに押しやられてしまった。2週間前の火曜には自分たちはワールドトレードセンターの展望階にいた。
ワールドトレードセンターの地下で道を教えてくれた黒人のお姉さんは無事だろうか。展望階のことを聞くとそこのバナナリパブリックを右に行ってこのビルをいったん出て南のビルに入って、と笑顔で教えてくれた。
自分たちが宿をとっていたイーストビレッジホステルのオーナーのハイジさんから無事だったというメールの返事が来た。
たくさんの犠牲者の冥福を祈ります

2学期中間テストに向けて

2学期の中間テストをもうすぐ迎えます。長い夏休みの間に普段と同じ学習ができているかが問われます。長期の休みを利用していろいろな場所に行ったり、自分の好きなことにチャレンジし経験や見識を増やすことは重要です。ですが本当にそのようなことのために時間を使ったのでしょうか。旅行に行った場所やひどいときには行った場所の地名さえも定かでない生徒もいます。ただ家族で旅行したからそこに行った。そのような声が子どもたちから聞こえてくることもあります。その土地の名所、名跡を巡り、文化に触れることによって、視野が広がり見識が豊かになるのではないでしょうか。
また、ある子どもは毎日のように部活動に参加していたといいます。部活動が終わり、今度は友達と遊びに行く、そのために夜はもう疲れて、ぐっすり寝てしまい。何もできない日が続いてしまう。夏休みの終わりに近づき学校の宿題さえやっていないことに気がつき、あわてるが、量があるので簡単には終わらず、仕上がらない、またはその場しのぎで学校に提出する。計画性を持って夏休みを有意義に過ごした人は、はたして何人いるでしょうか。
ここで、長期の休みの使い方について学習的側面から考えてみてください。
子ども一人一人には必ず学力差があります。成績が本人の満足行くものであるならば、部活、趣味などに興じるのもいいでしょう、しかし、思うような成績がとれなかった、または授業についていけない部分があるならば、この時間を利用するべきなのではないでしょうか。
自分の心と向かい何をすべきかよく考える時間、それがこの長期の休みの使い方の一つだと思います。大人だからとか子どもだからとかではなく、人間としてそのときに何をしなければいけないかを考えるのが大切なのではないでしょうか。夏休み怠けてしまい困ったなと思う者たちも多いと思います。過ぎたことをくよくよするのではなく、これからテストを受けるために、自分は何をしなければならないかをよく考え、強い意志と精神力を持って、2学期の中間テストを迎えてください。
全員が満足いく結果を出せることを期待します。


納得するまでの学習BAU福田塾
http://www.baufukuda.com/index.html
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