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覚悟 ~旗幟鮮明~

物事を始めるときにはそれなりの覚悟がいる。覚悟をしなければならない。覚悟とは自分の心を口に出して明らかにするという意味がある。つまり公言だ。公言することによって自分を鼓舞しその公言が実現できなそうなときは自らを叱咤激励し、また努力を重ねることができる。覚悟のないものは達成感を得られない。なぜなら簡単に道を変える隙が心にあるからだ。臨機応変で柔軟性があるといえばそうだろうが穿ったものの見方をすればそれは逃げになる。敢えて退路を断つ覚悟があるだろうか。目標は高ければ高いほどいい。自分の中の甘えも許されなくなるからだ。

スポーツでも芸事でも勉強でも同じだろう。自分の目標を定め覚悟をする。絶対にベスト4に入る。優勝する。コンクールで入賞する。目標点を超える。または絶対自分のめざす高校に合格する。それなら自分は何をしなければならないか。覚悟という言葉には迷いを絶ち物事の道理を知ることという意味もある。人の周りにはさまざまな迷いがある。迷いとは自分の信念の邪魔をする諸々の誘惑のことだ。テレビも見たい。ゲームもしたい。携帯も持って友達とメールをしたい。ゆっくり寝たい。人間、自分の欲望に身を任せていてはきりがない。それらを断ち切って自らの稽古に励む。鍛錬を積み重ねる。そうして初めて新しい自分の可能性が拓けてくる。

成長とは破壊と再生の繰り返しだ。自分を自分で追いつめていじめ抜いて強くなる。懲らされてこその教育という言葉があるが、教育とは弟子をいじめることなんです。今「いじめ」というとマスコミが大騒ぎでけしからんと囃し立てているが、いじめとはプラスの面もある。その加減が難しい。適切ないじめが要求される。いい師はいじめ上手だ。いじめていじめていじめ抜いて褒める。だから褒められることの意味が深まる。日本の教育に一番肝要な「懲らされて」(いじめられて)の部分が欠落した。やたら軽い上辺だけの褒め言葉が飛び交うようになった。そのうちに甘やかして褒めるようになった

英語の躾(しつけ)という単語はdisciplineがある。それには訓練、懲戒、折檻の意味もある。さらにdisciplineの語源であろうdisciple という語はキリストの弟子という意味だ。弟子を厳しくしつけることが師の仕事だ。日本では躾は褒めること、甘やかすこと、ご褒美という意味になった。甘やかされて育った子はひ弱だ。学校よりも社会のほうがずっと厳しい

まず自分のできることを考えてみる。この時間をこうに使える。無駄にしていた時間が息を吹き返す。まだできることはないか?お風呂に入っているときも工夫すれば本が読める。紙が濡れるのを覚悟で何かを覚えてから湯からあがる。トイレにも本を置く。寝る前のひとときの読書。食後の新聞。読めない漢字をなくすでもいい。ニュースを見る習慣もつけたい。図書館で気に入った本を探す。どうしても見たい番組があれば録画して一週間後に見る。案外見なくてもよくなってしまうものも多いだろう。

自分の子どもの生活態度や学習態度に不満を持つご父兄もいると思います。「先生。この子は家でぜんぜん勉強しないんです。大丈夫でしょうか?」「宿題しかしません。」「テレビ見る時間が多くて。」「なにか言えばすぐ怒るんです。」そういうご父兄の方は是非一緒に闘って欲しい。「お母さんもああするから。」「お父さんもたばこやめるから。」一緒に何かを覚悟なさってみてはいかがなものでしょう。

道 程
高村 光太郎

僕の前に道はない
僕の後ろに道はできる
ああ自然よ、父よ
僕を独り立ちさせた広大な父よ
常に僕を見守ることをせよ
常に父の気迫を僕に満たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため


納得するまでの学習BAU福田塾
http://www.baufukuda.com/index.html
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