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長い目で見る姿勢

最近の傾向として目先の欲に捕らわれて失敗したり予想外の損失を被るケースが多い。いわゆるバブルもそういうところから生まれたものだろう。一番いい時を基準に考えてそれよりももっと多くの利益を上げることが至上の課題のように扱われていつの間にか方向性(信念)を失ったのだろう。
昨年ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんにはアメリカの企業などから今の給料の数十倍出すから来てくれと多くのオファー(誘い)が来ているそうだ。しかし田中さんは今の会社を出るつもりはないという。賞を頂いたのも自分一人の力ではなくチームの成果だと言っている。金で動かず信念で動く人なのだろう。本当によかったと思う。優秀な頭脳がまたアメリカに流出してしまうところだった。金を多く積んだ方に人が動くという通常の資本主義の道理が通用しなかった。戦後日本のとってきた多くの道はこのアメリカ式の資本主義だった。金の多く積まれた方に動くやり方はアメリカにとってはとてもシンプルで操作しやすかったろう。おかげで日本の山林は切り裂かれ無用な道路やゴルフ場が山ほどできた。しかし、その見返りとして日本の自然を売った。空気も水も汚れ、森林も魚も死んだ。魚が死ぬことは人も死ぬことだと気づかなかった。野菜も農薬に汚染され、家畜も化学飼料に汚染され、人もクスリに汚染されている。
スピード化が良しとされ何でも速いものが尊ばれファーストフード、コンビニ、スピードくじ、挙げ句の果てに遺伝子組み換えまでし始めた。アメリカは歴史の短い若い国だ。まじめに働いて社会に貢献するというよりも株で大儲けができることがえらいのだ。アメリカの経済学はいかに短時間で多くの金を手に入れるかを教える。ギャンブル学だ。時間をかけて何かをすることが苦手だ。だから文化が育たないのかもしれない。アメリカ=マクドナルドと見えてしまう。
日本の若者をそういったスピード狂の呪縛からほどくために農作物を育てる試みをしてみたらどうだろう。小学生ではよくヘチマや朝顔の栽培をしているが中学生でも是非大豆や小麦、トウモロコシ、蕎麦、ネギ、いも。そういうものを栽培し自分たちで料理して自然の恵みを体験してもらいたい。何かをつくることは時間も手間もかかり大変な作業だということを学んで欲しい。そしてそれから与えられる恩恵も感じて欲しい。そういうことのためにゆとりの時間を充てられないものか。
速効性を求める時代の負の遺産としての副作用が最近顕著に見られる。手っ取り早く済ませる方がいいということであきらめが早くなりさらに我慢がきかなくなる。万引き、窃盗、強盗、殺人といった犯罪からいじめ、不登校、学業不振、家庭内暴力という問題まで案外それが原因だと言える。じっくり時間をかけて働いて稼ぐ、しっかり勉強して成績が上がる。時間の流れの中で自分の置かれた立場や自分のできることを考えてみることが必要だ。
人間を育てることも植物を育てることに似ている。
時間も手間もかかる。大量生産主義で農薬と化学肥料の力で収穫できるだけ獲る。数割の犠牲はしょうがないとする。それを個人の責任とする。そこから個性なんて生まれるはずがない。毎日畑に行って一本一本、一苗一苗様子をうかがう。元気に育っているか。葉の色はどうか。肥料は適当な量が与えられているか。お天道様にはじゅうぶんあたっているか。一本、一苗も枯らしてはいけない。それが教育じゃなかったか。一本一本の性格、特徴を把握しそれぞれ存在感があっていきいきしている。そこから個性が生まれてくる。試しにジャガイモを数個出してそのうち一つをよく観察してください。最初はどのジャガイモも同じに見える。しかし、じっくり観察したジャガイモには個性があることが分かる。元に戻してからもう一度そのジャガイモを見つけ出してみてください。簡単に見分けがつきます。またとても愛おしく感じる。愛情が生まれてくる。生徒も自分をよく見てもらいたいのだ。勉強でも運動でも遊びでも自分をよく見て欲しいと願っている。個性をどんどん前に出したくてたまらないのだ。生徒とじっくり向き合ってよく見てくれている人が何人いるだろう。母親は子どものちょっとの変化に気づかなければいけない。なぜなら子どもの変化は微妙で劇的だからだ。その微妙な変化を見逃すと気づかなかったでは済まされないことにもなりうる。身体の変化、精神の変化、環境の変化。毎日見ていても案外気づかないことも多い。または気づいてもちょっと迷いながらも流してしまうこともある。ちょっとした言葉遣いの変化、服装の変化、友人関係の変化、目つき、顔色、成績の下降。子どもは反抗期を経て自我を発達させていくがその過程において大人の目がきちんと行き届いていないと自己中心的で切れやすい性質になってしまう。もちろんプラスの変化も大いにある。今までできないと思っていたことができるようになったり、きゅうに大人びたような発言をしだしたりもする。頼もしいと感じる瞬間がある。しかしその反面、非常に脆く傷つきやすいのもこの時期だ。
大人の目の役割をしていたのが従来は父親であった。怒ると怖い存在でよかった。しかし、父親が弱くなったのか母親が強くなったかは分からないが子どもにとっては制限のない自我(我が儘)が生まれる温床となった。母親はどんなに怖いふりをしてもある年齢になるとその呪文も効かなくなる。母親の手に負えなくなる日が必ず来る。
是非お父さんにがんばってもらいたい。父親(もし不在なら母親が絶対の信頼を寄せている人)と将来のことや日本のこと、世界のこと。そういった巨視的な視野や大局的なものの見方を子どもと話しながら教えてもらいたい。それが長い目で見る姿勢につながると思う。子どもと話せる時期は短い。


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