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優先順位を考える

子どもにとって優先順位を決めてみてはどうだろう。子どもにすべての優先順位を任せてしまえば当然好きなことをどんどんするだろう。それがゲームだろうがテレビだろうがメールを一生懸命送ることになっていくだろう。自ら進んで家の手伝いや勉強などする子どもなど滅多にいない。優先順位を曖昧にしておくから後で親が順位を逆転しようとすると子どもから「うるさいな!」と逆に文句を言われてしまう始末だ。今、何を一番しなくてはいけないことか。子どもは確かに好奇心がありいろいろなものに興味を持つだろう。しかし、優先順位をその場で決める決断力がなければ選択の幅が多岐にわたり迷い正確な判断ができなくなる。来週から定期試験があるという時期になったら自ずから緊張感を持ちいままで呑気にしていた時間を勉強に充てる。そういう切り替えができないといけない。これは学習に限ったことではない。スポーツでもどこにピークを持っていくかによってトレーニングのしかたも休養の取り方も決まってくる。さらには瞬時における判断能力も身につけなくてはならない。試験などで難しい問題に時間をかけすぎ時間配分を間違え簡単な問題までミスしてしまうようなこともままある。それは危険を察知し回避する能力にもつながる。家庭環境の中で子どもに優先順位をしっかりと教え込むことがいわゆる躾(しつけ)なのだ。
適切な優先順位を決める能力を育てるにはどうしても小さい失敗が必要となる。失敗は成功の母だ。テストで失敗して始めて準備が遅かったことに気づく。ちょっと手を切ってみて鋭利な刃物が危険だということに気づく。つまり失敗経験の中から学び成功体験に結びつけていくのだ。子どもを取り巻く環境の中で子どもたちに失敗させないように挫折感を感じさせないようにすることがいいという雰囲気がある。これでは成功することが当たり前、逆にちょっとでもうまくいかないことにぶつかるとすぐ癇癪を起こしてしまう。これが現代の子どもの育て方の典型例ではないだろうか。「褒めて育てる」と言うことはとことん失敗した後での成功を喜びあうのだから意味があるのであって最初から「おだてて褒めて媚を売る」のとわけが違う。

適切な判断力があればある程度自信を持って子どもをどこにでも出せる。危険な場所、時間帯、人物がかなりかぎ分けられるようになり自分の身を守ることができる。そのようにしてあげることが親の仕事であり大人の役目である。信号が青なら横断歩道を渡っても安全だろうか。安全な確率が高いというだけで状況によっては一番危ない。自分の目でしっかりと安全を確認する必要がある。親や大人と一緒に行動する時に子どもにしっかりと教えることが必要だろう。
躾も他人任せではなく親がするべきものだ。親が無理をしてでも子どもの規範とならなくてはならない。最近、図書館でやたらに大声で騒いでいる子どもを見かける。まったく親はどういうつもりなんだろうと思うとすぐそばにいて何も言わないでいる。言うにしても「静かになさい。」程度で子どもに無視されている。ファミリーレストランでもお子様は我が物顔で大騒ぎである。自由とは何をしてもいい権利だと勘違いさせてしまった。欲しいものがあればなんとしても手に入れる。お金がなければ盗んでもいい。学校がいやなら不登校、家がいやなら家出。友達が気にくわなければいじめ。お金が欲しければ援交。
彼女が欲しくて女子中学生を誘拐して逮捕された青年もいた。親は子どもと闘わなければならない時がある。教師も生徒と闘わなくてはならない時がある。子どもが自由を要求してきた時にその自由に責任という制限を突きつけなくてはならない。携帯電話が欲しいと言ったらその必要性をよく話し合ってきちんとした制限を設けて与えて欲しい。「みんな持ってるよ。」子どもの常套句に負けずに「家は家。自分で全部お金も払えるようなったら買いなさい。」「お父さんに聞いてみて。」父親の存在をアピールして欲しい。子どもにとって本当に必要かそうでないか親がじゅうぶん吟味してからでも遅くない。子どものとった行動の責任も必ず親に跳ね返ってきます。


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