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地震、雷、火事・・・ ~怖い人の存在価値再考~

一昔前、怖いものの代名詞として地震、雷、火事、親父と列挙されたものだ。昨今では確かに地震、雷、火事は怖いがその次に身近な存在として怖いものが父親に代わって何になったのだろう。いや、ひょっとしたら怖いものなんてもう存在していないのかも知れない。学校も完全に威厳を失い、警察も次第になめられてきた。人間、どこかに恐れおののく存在がないと冗長慢心してどんどん傲慢になっていく。
周りが甘やかしすぎる。小さいうちに自分の思い通りにならないことを経験してないからだ。父親の背を見ながらの山登りでもいい。スキーで思うように上手く滑れない経験。サッカークラブやリトルリーグで頑張っているのになかなかレギュラーになれない経験。人間関係も次第に複雑になり協調性も出てくる。わがままが通らない環境にさらされる。そういう小さな挫折を重ねておくことが大きな挫折の予防薬になる。子供は自ずから成功するためにはそれなりの裏付けとなる努力が必要であることを経験から学ぶのだ。そういう経験が少ないまま育ってしまった子供は自分の我が儘がまかり通ってしまうかもしれない。しかし、年齢を重ねるにしたがって社会の厳しさにさらされると、急に自分のわがままが通らなくなってしまう。わがままを聞いてくれるのは「優しい(甘い)親」だけになる。
日本は古来から多神教国家で八百万の神がいたるところにいて自然を崇拝してきた。山の神、海の神、湖や川、木の神などに畏敬の念を抱いてきた。農耕民族であるために少しの天変地異にも収穫が左右され、平穏無事に収穫ができることに感謝をし、また翌年の豊作を祈願した。山や海や川、湖にむやみに入っていって汚したり、御神木を切ると祟りがあると恐れおののいた。そうやって日本人は自然と調和し共存してきた。自然との調和を守り、野性の動植物も大切にしてきた。稲作の歴史は古く弥生時代にまで遡る。今から三千年前にはもう日本のあちこちで稲作が営まれていた。稲作とは非常に高度な技術が必要だという。手間隙がかかることはもとより、なんの化学肥料も農薬もなく害虫と闘いながら収穫を増やし続けてきた。パンの原料となる小麦栽培の数倍のハイテク技術が必要だった。

それも自然を畏れながら自然の一部である人間のすることに謙虚だったからできた業だと言えよう。
今日の日本には大人にも子供にも怖いものは自然災害を除いてなくなってきているようだ。壊れているのは子供だけでなく大人も同様だ。異常とも思われる事件が日常茶飯事に頻発している。増加しつつある凶悪犯罪を自己防衛の名の下に銃所持も許されることになりかねない。アイデンティティー(それが、他とは異なる、まさにそのものであるということ。自己同一性)を失った日本はどこに向かっているのだろう。
大人は子供に嫌われることに弱腰になりすぎた。大人自体が自信を失い子供との接し方に戸惑っているのかも知れない。「ゆとり」とか「子供を褒めて伸ばす」というスローガンに踊らされて実際は甘やかしすぎたのではないだろうか。褒めることはいい。ただし厳しさの中にあってこそ、その価値があるのではないだろうか。褒めることが日常になってしまっては親や教師が子供に対して気づいた点を注意したりアドバイスしたりした時に素直に聞く耳を持てるだろうか。ちょっとしたことにも我慢のきかないキレやすい子供になっていくのも当然の成り行きかも知れない。親も教師も祖父母も子供に嫌われることを恐れてはいけない。どんなに嫌われても子供に対して毅然とした態度で厳しく接するべきだと思う。全責任を負う覚悟をするべきだ。恐い存在に敢えてなろうではないか。なぜ恐いと思うのか?それは注意深く見られているからだ。注意深く見るには大人も忍耐力がいる。子供を育て、自立させることは社会の責任であるし大人の義務でもある。大人も子供も頑張ろう!


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