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コミュニティーの中のBAU

教育現場の空洞化、学力の低下、さらに犯罪の低年齢化が叫ばれている中、子どもに一番必要なことは自分の存在感ではないでしょうか。存在感とは自分の存在を認めてもらうことなのです。愛情と厳しさを宿したやさしいまなざしで自分を見守ってもらうことを欲しています。反抗期も自己の確立をする上で必要な時期なのですが、それは同時に自分のバランスを計るための挑戦でもあるのです。未熟ゆえつい暴走しがちですがどこでストップをかけてもらえるかを待っているのです。ところが、甘やかして育ててしまい自由を与えすぎてしまった結果、その反抗に対応できず手をこまねいているのが現状のようです。
今日の子どもたちはまるで自分たちの居場所を求めてさまよっている迷える子羊のようです。深夜まで営業しているカラオケボックスやコンビニ、スーパーの駐車場。あまり親がうるさくない友達の家。そういった場所で自分の存在をアピールしているのです。しかし、迷える子羊も居場所を間違えるといつの間にか手がつけられない状態になってしまうのです。良かれ悪しかれ環境に順応するのが早いのです。数年前までは素直そうな子どももあっという間に眉毛がなかったり、整えていたり、髪の毛が変色していたりで驚かされることあります。
自由と不自由のはざまの中で自分の存在を見つけていくことが社会性を身につけていくことだと思います。そして自由を得るためにはそれ相当の努力が必要であることを身をもって理解せねばならないでしょう。社会に出ればいろいろなことがある。甘やかされていれば現実の厳しさにこっぴどくやられてしまう。現在引きこもり(ニート)の数は全国で10万人をこえていると言われ、2003年度の自殺者は過去最悪の約3万5千人となっています。かつては地域社会が子どもたちを見守り育んできた。もちろん今でも子どもたちの育成に尽力してくれている地域社会の人たちもいるでしょうが、地域住民の核家族化がすすみ人々の生活スタイルも多様化した。
その結果、地域社会におけるコミュニティーの結束力は弱くなってしまいました。
BAUは子どもたちの進路をサポートするための「学ぶ場」としてだけでなく、子どもたちが育っていく「育成の場」として地域社会に貢献していけると自負しております。教え育むことが教育であるいじょう自分の未来や生き方までも生徒と師が膝を交えて話し合ったり、先輩や後輩たちと交流していくことが子どもたちにとって光り輝く青春の大切な美しい一ページとなっていくと思います。




人は旅に出て孤独になる
今まで懸命にまとったものを
一枚一枚剥がされ
追いつめられていく

小さくて
弱くて
情けない自分が
本当の自分と出会う

つらくてみじめで
さびしい瞬間を迎える
でもそれが君だよ
愛すべき自分の姿だよ

旅はにっこり笑って
君に手を差し出してくれる
さあ、また歩き出そうや


(2004年 台北にて)


納得するまでの学習BAU福田塾
http://www.baufukuda.com/index.html
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