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想像から創造へ

人間は生まれてから日々成長している。身体的にも大きくなるがそれとともに精神的成長もみられる。身体的に大きくなるとより行動的になり積極的にもなる。それと呼応するように、精神的成長は、より広くなった行動範囲に安全を、より積極的になった姿勢に知性を与える。

自分の行動範囲を年齢とともに重ね合わせてみるとおもしろい。幼少時代の行動範囲は家の周りを少しだけ歩く程度だろう。それが少年時代になると自転車にまたがり隣町くらいまで行動範囲が広がる。中学生ともなるとバスや電車でさらに遠くまで足を伸ばす。高校生は足を伸ばした先で滞在できるかも知れない。それ以上になるとバイクや車が手に入り自由にどこへでも行けるようになる。日本は島国だから外国となると飛行機を選ぶようになり、行動範囲は飛躍的な広がりを見せる。ダイナミズムが生まれる。
* ダイナミズム(dynamism)自然界の根源を可能力(デュミナス)とし、これを物質、運動、存在など一切の原理であると主張する立場。

学ぶということは行動範囲を広げる上で必要条件なのだ。知性がないのに行動範囲を広げるというのは、どこに危険があるのか知らずに危険地帯を歩くようなものだ。したがって学ぶことをあきらめてしまったりやめてしまったとすれば自ずから行動範囲も狭くなり人間的成長も止まる。普段の生活の場所で生きていくことが余儀なくされ、それで満足するしかない。

暴走族がなわばりの中だけで横暴な運転をするのと同じだ。ニートが5年後には一〇〇万人を超えると言われている。学ぶことをやめて自分の行動範囲を狭めてしまった結果、彼らのなわばりである家から出たがらないのも自己防衛本能から考えれば当然なのだ。自分の巣から飛び立つ勇気のない哀れな雛のようだ。しかし子どもに巣立ちをさせられない親の責任も重い。

人間は個人であり孤独であり一人である。どの人間も、「座って半畳、寝て一畳」だ。人間を分数にして考えてみよう。分数には分母と分子がある。分母が人間の行動範囲を表す。どこまで行っても人間は一人である限り1だから分子も当然分母と同じ数になる。分子は分母と対応して同数となる。分子は行動範囲から得られる情報量や経験値を示す。同じ1でも人間的成長の広がりを持つダイナミックな1と成長が止まり限りなくゼロに近づいていく1とでは大きな差違がある。人間のスケールが違ってくる。

人間を個体として見ると確かに小さい存在に過ぎない。しかし、頭脳の側面から見ると無限に近い広がりがある。建築物ではピラミッドや万里の長城、バチカンのサン=ピエトロ寺院大聖堂、法隆寺。音楽ではモーツアルトやバッハ、ベートーベンなどの天才がすばらしい遺産を現代に残した。さらに莫大な量の情報を管理したり処理できる能力を持つコンピューターも人間の頭脳から創られた。一九〇三年にライト兄弟が初飛行に成功してわずか70年で人類は月までたどり着いた。つまり、人間には想像から創造へと移行させる力が備わっている。

9月11日の衆議院議員総選挙は小泉自民党の大勝利に終わった。郵政民営化が国民から支持された形になった。しかし、これからまだ何年もかけて郵政を民営化していくのだからまだまだ先の長い話だ。現代はある意味で超高速情報処理時代なのだ。もっと大胆で画期的な構想はできないものか? 民営化でも国営化でもどうでもいいことだ。日本のように国土面積が比較的小さく、しかもIT産業が発達しているのだから公共事業としてNTTや郵政省、国土交通省、関連各省に協力を呼びかけて日本全土を光通信で結ぶという発想はないのだろうか? ソフトバンクやライブドアより先にネット産業を国営で行えば赤字国債も飛躍的に減るし国のインフラ化としも無限のポテンシャル(潜在性能力)を持つことになる。国民がみな分かる程度の改革ではなく、国民をリードしていく改革であって欲しい。国会議員も官僚も頭脳明晰なシンクタンクであって欲しい。


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