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規制緩和 ワイルドな時代へ

勝ち組、負け組。六本木ヒルズ族、下流社会などの言葉が象徴するように勝つか負けるか、食うか食われるかの時代が本格的にやってきてしまった。今までの日本は国民がみな中流意識を持てるような社会を目指してきた。それが2000年のアメリカ型ビッグバンを機に楕円形の日本の所得構造がまず縦長になり、次第に上部は尖形になり下部が膨らんで銀杏の葉の形になった。そして勝ち組負け組といわれるひょうたん型二重構造の最終構造に移行しつつある。
「世の中は金で買えないものがある」有識者ぶったしたり顔のマスコミやテレビのワイドショーのコメンテーターたちは口をそろて言う。確かに「金で買えないものもある」が、金で買えるものが圧倒的に多い中、現在の社会構造の急激な変化を止めるには説得力がなさすぎる。そんなきれい事を並べ立てても今の若者には一笑に付されててしまうのが落ちだ。

それにしてもマスコミは恐ろしい。ちょっとでも弱みを見せたり、躓くとよってたかって血祭りに上げる。波に乗っているときは思い切り持ち上げ波に乗り損ねると一気に落とす。その手のひらを返したような落差を見る限り、マスコミには信念のかけらもなく、気にしているのは視聴率であったり購読数なのだ。視聴率が取れるとあれば、やらせでも危険なことも何でもする。おもしろく興味深く演出することが大事なのである。それはすべて金につながるからだ。しかし、現実はテレビがどんどん軽薄化して見ていてもおもしろいものは本当に少ない。視聴率を稼ぐためにマスメディアが大衆に迎合したのか、マスメディアが大衆を軽薄化させたのか、どっちもどっちなのか、分からないが世の中全体が軽薄化したことは間違いない。

グローバリゼーションとかビッグバンとか規制緩和とか「民間にできることは民間に」を旗印に掲げた小泉改革と称されてきたものは実は戦国時代さながらのワイルドな仁義なき戦いの幕開けであったのだ。それは教育界においては「ゆとり教育」だった。
その「ゆとり」の裏にある思惑を見抜けず、油断してしまった親の子供は生きる力を持たずして野性の国で生きていかざるを得ない。子を育てるとはどういうことかを自然界から学ばなければならない。愛情を持って厳しく育て、敵から身を守り自立させることを教えるのが親の仕事だということを大人たちは再認識するべきだ。不幸にも子育てを間違ってしまった親は不登校やフリーター、ニート族の仲間入りをしていく我が子を見ることになる。

野性の世界にはそこら中に敵がいる。内部告発も正義感からだと信じたいが体のいい会社や上司への背信行為とも取れなくはない。告発者は事態が深刻化する前に提言できたかもしれないし何らかの善後策が取れたかもしれない。
しかし、今の会社では成績評価性が多く導入されて、変なことを言って上司の反感を買ったり偏見の目で見られるよりも「沈黙は金なり」を通した方が安全だ。そう考えるとまともな意見もアイデアも数多く抹殺されることになり、社内に粉飾決算が横行し、会社の事実上の発展は望めない。個性を育てるはずのゆとり教育がもたらした結果は、それとは全く逆行する形の没個性の社会の温床となった。

生誕250年を迎えた天才作曲家ウォルフガング=アマデウス=モーツァルトが現代を見たらどんな曲を作ってくれるのだろうか。


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