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薄れゆく人間性 ~利便性の追求と成果主義の功罪~

人間性が失われていく。少しでも気に入らないことがあるとキレて自宅に放火してしまう事件が連続して起きている。火をつける行為は直接は殺人に結びつかないだろうという安易な短絡思考がそういう犯罪を増長させるのだろう。それは弱者の論理で相手に意見が直接言えなかったり自分に対して不当と思われる事態が起きたときの反逆行為の象徴だ。放火事件はテロの範疇に入れてもいいだろう。子どもが親を殺したり、親が子どもを殺したりという信じられない事件も続く。本来なら一番の絆で結ばれていなければならない家庭までもが崩壊しつつある。企業の相次ぐ偽装事件、自衛隊の機密漏洩事件、岐阜県の裏金事件、学級崩壊。そしてついに家庭にまで崩壊の悪循環のスパイラルは進んでしまった。

希薄なまたは濃密すぎるアンバランスな親子関係がそういった事件の温床となっている点に留意してもらいたい。つまり放任と過干渉だ。自立できない子ども、自立させてあげられない親。そういう家庭が増えている。子どもは幼児の時は当然親の保護のもとで生きている。面倒を見てもらっている状態から次第に子どもが成長してくると親の手元から離れて自分でできることは自分でするようになる。親から離れるのも不安で怖いが自分の主張も通したい。その葛藤が自我意識の芽生えであり、同時にその軋轢が反抗期である。

その微妙な動物的本能によるバランス感覚がまず大人の側、親の側から崩れてしまった。子どもに携帯を持たせておけばとりあえず安心だという半放任主義的な親の姿勢が子どもの自立を歪曲して助長させてしまった。歪曲した形の自立を個性と取り違えてしまった。子どもの葛藤、軋轢を受けとめる社会の受け皿の幅も狭くなったのかも知れない。携帯で見知らぬ人と簡単に出会えて親密になれるような錯覚に陥り、心の隙間を埋めていく。人間関係なんてそんなに一朝一夕に構築できるわけがない。一緒に苦労したり、泣いたり笑ったりしながらだんだんと信頼関係を深めて理解しあえていくものだ。刹那的な快楽主義はやはり人間の心の隙をつきやすく犯罪の温床となる。

バランスの崩れた親子関係においては子どもが小さいうちは子育てがうまくいかないことに腹を立てる親が場当たり的な愛情のない体罰を子どもに与えてしまう。これはもう親が自立できていないのだから問題外。子どもを車中において遊戯に耽る親や子どもの横でたばこを吸う親たちは子どもを産み育てる資格がない。小さい頃から子どもを自立させる方向に歩ませなかった家庭では不登校や引きこもりという状況が生まれる。何年もかけてそういう状況を作ったのだから状況の変化は容易ではない。自立させようという親の思いが子どもに伝わらず子ども側からしてみると「なんで自分だけがプレッシャー(成績)をかけられ、いやなこと(勉強)を強制されるんだ」という疑問が解けないまま不満から憎悪に変わってしまう。家族で改めて「自立するということ」「なぜ勉強しなければならないか」ひいては「人生とは」などについて折に触れて話してみたい。

子どももいろいろなお稽古ごと習い事で忙しいだろうが、ピアノ、空手、サッカー、スイミングなどいろいろあるがまずそろばんを習わせて欲しい。その次に習字。きれいな字で丁寧に書くことは自分を大切にすることにつながる。自分を大切にできないものは他人を大切に扱えるわけがない。やはり「読み書きそろばん」が基礎力となる。

「世の中勝てばいいんやろう!」の自己本位主義と成果主義が席巻する中、甲子園の決勝戦を延長15回まで闘い抜き、再試合でも最後まで堂々と闘い抜いた高校球児たちの笑顔が日本中にさわやかな風を吹かせた。その大会に地方大会から参加しすばらしい大会を作り上げた高校生一人一人に拍手を送りたい。
「ヒーローは僕じゃない。みんな一人一人がすばらしい仲間なんだ。」マスコミが派手に騒ぐ中そんな声が聞こえてくるような気がする。若者に教えられることもたくさんある。



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