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努力と才能 たくさん詰め込んでおこう

学習とは脳の中に詰め込んだ情報を整理して使えるようにすることである限り情報としての知識は詰め込まれていなければならない。何もないところからは何も生まれない。幼児期から小学生くらいの期間は生活の中でさまざまな情報を取り入れる一番大切な時期だということは前号のBAUタイムズで既述した。小学校の学習は情報収集と言うより事象の概念を学んだり、考え方を重要視しているので一般教養的な基礎知識は各家庭に任されていることを前提に考えなければならない。
中学ともなると必要な情報の供与とともに情報処理、情報の保存、そして情報を利用した応用が求められてくる。日本の教育が「詰め込み教育」「偏差値偏重主義」「学歴社会」などと悪のイメージが先行され「ゆとり教育」に路線を変更してしまったがそれがうまく機能せずに頓挫してしまった。多少の改善は必要だったが「ゆとり教育」は行き過ぎてしまった。もともと日本の小学生の学習内容など前から十分にゆとりがあったのだから。
学習のプロセスを理解してどこがうまく機能していないかをチェックする必要がある。与えられる情報量が多すぎて理解できないのであれば情報処理能力の不足であり早くも学習の限界を迎える。情報処理能力は幼児期から小学生くらいまでに飛躍的に発達する。その時期を逃すとバージョンアップ(英語ではアップグレードと言う)は難しい。
情報処理した情報の保存が正確にできないと応用の段階で致命的なミスを犯す可能性がある。つまり誤解である。人間の脳とコンピューターの決定的な相違点は人間の思いこみである。それは環境条件や過去の経験などによって生じる不可避なる「刷り込み操作」だ。可能な限り0%に近づけようとする意識が求められる。それこそが試験であり、入試である。特に理数系に関してはミスに対して徹底的な検証が必要だ。それに反して語学や芸術系の科目ではミスをしながらミスを発見し矯正していけばいい。「習うより慣れよ」が大切。慣れるまで習えることが実は難しいのだが。

それでは具体的な事例でミスの起きる状況を見てみよう。
1 問題をよく読まず「え、そんなこと書いてあった?」最低限の情報も受け取れていない状態。普段から落ち着きがなくそそっかしい性格。ゆっくり正確に読み取る練習や字を丁寧に書く習慣をつけたい。忘れ物も多く学校の提出物も未提出になりがち。家の手伝いもきちんとさせて親が必ずチェックした方がいいでしょう。
2 問題をきちんと読んでも解法に結びつかないのは情報の処理が不十分でまた出直してこなければならない。「分かった気になっている」状態。本人が「分かった、分かった」とか「もう大丈夫」などと言うものだから親も安心してしまう。そして返ってきた結果を見て本人も親もがっかりするパターン。自分の情報処理能力を認識し正確な自己分析が求められる。間違えた問題は当然ながら、一度できた問題でも後でもう一度完全にできるかどうかチェックする学習習慣を身につけなければならない。
3 問題もきちんと読んで解法に向かって進んでいるが思いこみによって出てくる解答が違ってくる。このレベルはまあまあの得点が期待できるが試験の本質が分からないといつもこの落とし穴にはまる。思いこんだら最後、二度と後戻りができず試験時間中、勘違いの世界に浸ることになる。物事を大局的に判断し分析する能力が求められる。「ちょっと待って、これ違うんじゃないか」あらゆる状況を判断し自分を批判的に冷静に客観視できないと超えられないレベル。自分の持っている情報量だけで判断する習慣があると陥りやすい。食べ物の好き嫌いや食わず嫌いの性格に多い。常に人間の幅を広げようとし頭脳を柔軟にしておくことが大切。
人に物事を教えるということはその人の持っているものを引き出すこと。お互いの努力によって才能を見つけ引き出すことだ。だから努力なしに才能の発掘はないし、才能なくして成長はない。運動能力の優れた人はどんなスポーツをしてもある程度のレベルに達する。



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