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ゆとり教育最大の盲点~人間疎外・秋葉原事件

「好きなことをやりなさい」「人間はみんな違って当たり前、それが個性になるんだから」「なるべく子供は褒めて育ていいところを伸ばしましょう」そういうかけ声でゆとり教育は10年以上猛進し続けた。お題目は立派で理想的だ。しかし、現実的かどうかを考えてみるべきだった。好きなことをする=自由は果たして最初から誰にでも与えられるものだろうか。自由は不自由を知るところから始まり、現実の矛盾の中でもがき、葛藤し闘ってやっと手に入れられる希有なものだ。

教育とはどれだけの努力をしなければ自由が手に入らないものかを教え導くことが本当の意味だと思う。社会に出て仕事でも成功し自由を手にできる人間は少ない。アメリカの推し進める格差社会に拍車がかかり中産階級と位置づけられてきた層にも大きな変化の波が押し寄せているのが現状だ。日本の社会全体がバブル期と相応してゆとり路線を走ってしまった。その結果がすべての業界で見られる偽装であり粉飾である。官庁では自分たちの利権を固守するための自己本位の無計画な無駄遣い。その結果が日本の負債が800兆円を超えてしまった。

最近ではクローンだとか遺伝子組み換えだとか偽装、偽造などの不良の複製品が出回っている。自分がオリジナル、誰の真似でもなく、誰に似ている出もなく、自分の個性を持っているかどうかは常にオリジナルに触れる機会を持とうとする姿勢に反映する。「みんなが持っているから自分も…」だとか「周りの人がこう思うだろうから自分は…」と考え始めると個性の喪失が始まってしまう。音楽を聴くのにもまず本物を聴きたい。その感動を思い起こすためにCDを聴くのならいいがなるべくなら感動をする機会を多くしたい。感動するためにはそれに見合った分の労力が必要とされる。目の前で、息づかいを聴き、そして得ることのできる貴重な体験となる。

日々の生活の中で感動しているだろうか?毎日がおもしろくなく飽き飽きして退屈になってはいないだろうか?もし、感動が少ないなら、または最近になってないならまずオリジナルに触れるべきだ。
今年になって自分の家の狭い土地に小さな畑を作った。なす、キュウリ、トマト、にんじん、シシトウなど植えてみた。知人から分けてもらった土が良かったおかげか素人が植えても今のところ順調に育っている。最初は小さな苗だったものが日々成長して大きくなっていく。地球の大地ってすごい力を持っているなあと驚き感動した。地球が生きているんだなあと感心した。地球が生きているからその上に生きているものも生きていけるんだなあとさらに感心した。そう考えてくると自分が生きていくために口にするものすべて地球の恵みであり、太陽の恵みであり、宇宙の恵みなのかと思えてくる。

人間個人が他の人間と親しく付き合っていくには限界がある。個人差や付き合い方の度合いにもよるだろうがある分量が決められている。ネットや携帯が日常化し誰とでも簡単にコンタクトがとれるようになったが携帯に登録されている人たちといったいどれくらいの信頼関係があるのだろうか。メールをどんなに多く交換しても、携帯電話でどんなに回数多く話しても、実際に相手の表情や声を聞いて話すのとでは大きな違いがある。便利になった分だけ確実に何かを失っている。いろいろな手間が省け、便利で簡単になったが人の情は薄れてしまった。

そんな中で人間疎外が若者だけでなくすべての年齢層にまで蔓延し自己本位の凶悪犯罪が多発している。誰でもよかったといいながら他人を無差別に攻撃し殺傷したり、他人に攻撃を向けられないときは身内に牙をむく。秋葉原事件はそんな中で起きたケータイ、ネット時代を象徴する事件だった。容疑者もどんな形であれ世間から騒がれ善悪を問わずヒーローになりたかったのかもしれない。



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