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反抗期~挫折

73年の歴史で初めて、日本語が母語でない外国人が芥川賞を受賞した。中国人女性の楊逸(ヤンイー)さんは22才で来日して日本語を学び始めた。三作目となる「時が滲む朝」は民主化運動で挫折した青年が天安門事件後に日本に移住し、悩みつつ生きる姿を描いている。

言葉は難しい。国や民族の文化、風習を理解し、習慣に馴染み、その国民に受け入れてもらわねばならない。それは一朝一夕にはできることではないし、まして小説を書いて日本の最高峰といわれる賞まで受賞するとは並大抵の努力ではなしえなかったろう。

文章を書くことは「泳げないのに泳ごうとして、体が浮くように感じる楽しみがある」と語り、日本の若者についてどう思うかと問われ「挫折を知らない」とつぶやいた。多くの日本の子どもは幼いときから甘やかされ、褒められて育てられている日本の教育現状を喝破しているようだ。

最近、子どもの反抗期の中味が変わってきたように感じる。従来の反抗期は、親の言うことや教師のステレオタイプの発言に疑問を感じ、ちょっと自分の考え方と違うんじゃないかと思い始め「個」としての第一歩を歩み始めたものだ。「個」として自己主張をするからにはそこには当然、自己責任がついてくる。親の意見を聞かずに自分の考えを押し通していくわけだから、うまくいかなくても親を恨むわけにはいかない。経験の少ない若者にとってうまくいくことの方が少ない。失敗が繰り返される。失敗の中から第三者の意見を聞くゆとりがでて、自分の感性に鋭敏さが加わり始める。失敗(挫折)からいろいろなことを学び成功につなげる。自己責任とはそういうことだ。青年期はそういう反抗期を経て自己を確立していくために必要な通過儀礼でもあった。

ところが最近、子どもから青年期にかけて反抗期らしいものが見受けられなくなった。子どもには成長に伴い、当然自我が生まれてくる。その自我を通すために無意識に親より立場を上にして自分の欲求をぶつけてくる。それが「すねる」という状態だ。親は自分の言うことを聞かないのが反抗期だと思いこんでしまいがちだが、それは親から自立して自己を確立する種類のものか、またはただ親に自分の欲求を満たさせたいだけの「すねている」ことなのか見きわめないと将来大きな問題が生まれる。自分の言うことを聞いてくれないからといってバスジャックをしてみたり他人に危害を加えたり、親本人にさえ牙をむけてくることになる。

親の過保護と子どもの甘えいう癒着がお互いの「個」の存在を不完全にしてしまった。親は子離れできずに、子どもは親離れできずにいつまでももたれかかりの関係が続いてしまう。さらにテレビは当然ながら、携帯、パソコンの普及によって他人に無関心になった。人の眼を見て直接、話す聞くことの必要がなくなって人の心が分かりにくくなった。今、日本人にとって必要なのは人と人との直接的関わり合いなのかもしれない。

「文章の中にある言葉は辞書の中にある時よりも美しさを加えていなければならぬ」芥川龍之介は言っている。



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